過剰に反応してしまうとしたら、それは過去の自分

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自分の成長を感じる瞬間というのか、過去に自分が未熟者だったことに真正面から直面する瞬間というのが、人生のなかには存在するような気がします。

過去の自分の未熟さに、自然に自分で気づく場合と、人から指摘されて気づく場合と、過去の自分に似た人が目の前に現れる場合と、様々なのですが、特に3番目の「過去の自分に似た人が目の前に現れた場合」の衝撃感が強いということについてです。

 

似ているからこそ過剰に反応してしまう

仕事の仕方や立ち居振る舞いについて、考え方が基本的に同じなのと、過去に自分が通ってきて間違いだったということが、潜在意識のなかでわかっているからか、そういう人に出会うと全力で否定してしまいたくなります。なんで違うのか、論理的には説明できないので、議論する場合はヒートアップします。考えてみればそれもそうですよね、自分のなかの成長なんて言葉で具現化しないので、なんでこういう考え方に変わったんだ!?といきなり聞かれても、簡単には答えられないものです。

 

自分のまわりにいてくれた人にムショーに感謝したくなる

過去の自分と対面して、特に自分が嫌な思いをしたとき。あぁ、同じことを過去の私は、私のまわりの人たちにしていたのだなと、思い知ります。とんでもなく申し訳なかった。。。と思うと同時に、その時にそれでも自分を否定せず、時には優しく諭してくれたまわりの人達に、とてつもなく感謝したくなります。否定したいところをグッとこらえて、見守ることの難しさを実感したからこその変化です。

 

見ないフリをせずに向き合うことで成長できる、気がする

過去の自分と向き合うことは辛いし、逃げても誰も困らないので、逃げ出したくなるのです。でも、自分のまわりの人が優しく見守ってくれたからこそ、今の自分があるように、過去の自分が現れたときにそうできることが、循環というか役割なのかなと思います。また、これを機会に、過去の自分の何がいけなかったのかをしっかりと具現化して、更なる自分の一歩につなげたい!ですね。